油壺
どんな伝承か
伊豆から起こった北条早雲は小田原城を手に入れると、次に三浦半島を支配する三浦氏を狙った。北条勢は三浦氏最後の砦である油壺の新井城を囲んだが、北を小網代湾、南を油壺湾の絶壁に守られた城は堅く、三浦道寸以下の城兵は三年にわたって持ちこたえた。しかし兵糧が尽き、永正十五年七月十一日、道寸は城門を開いて一族もろとも打って出て全滅した。追い詰められた城兵百余人は湾を見下ろす絶壁で自刃し、湾に身を投げた。その体から流れ出た油と血が海面を覆ったため、湾は今も油を引いたように波が静かなのだと伝える。
原典より
解説・索引 巻末常倫寺の大銀杏 曹洞宗常倫寺(横浜市鶴見区駒岡町)にでかけたのは、車にゆられているとついねむくなるような、初春の暖かい日だった。—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。