石垣島・瓦兄弟と大瀬の垣
どんな伝承か
石垣島の大浜では、西瓦・東瓦の兄弟が祀られている。カハラは久米島の笠末若茶良などのチャラと同じく、また運天の百ぢゃなのヂャナと同じく、部落の長を意味した語であろう。この兄弟二人の瓦の時代までは、八重山には闘争と掠奪のほか何物も無かった。ひとり彼らが相愛して平和の草の庵を結んでいたために、招かざる四隣の男女が来てこの頭目の傍に居を構え、ついに集まって宮良・白保の二村となった。ならば垣を築いて禽獣を防ぐべしと、東は川尻より西は高山まで、仲嵩の霊地を中にして二里の間、初めて五尺の高さに大瀬を積み繞らしたと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。