午の方干瀬の岩橋を歩いて渡った船頭
どんな伝承か
石垣の四箇の南西の沖に、午の方干瀬という恐ろしい岩礁がある。近ごろの大風の日、この辺りへ流された伝馬船を取り戻しに出た刳舟が転覆し、三人の船頭のうち二人は行方知れずとなった。残る一人も死んだと思われていたが、風が収まると向かいの竹富島から帰ってきた。一里近い干瀬の上を、途中二か所ほど泳ぎながら、夜の十一時から翌日の午後二時まで一歩ずつ歩いて渡ったのだという。海眼鏡をかけ、腹がすくと蛸を捕って食べた。竹富から夫の舟が見えると、糸満の女房は待ちきれず海に飛び込んで泳ぎ迎えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。