宮良のミャラビ三人、宮良川で溺死
どんな伝承か
石垣島の宮良の村の西では、宮良川がひるぎの林の陰を静かに流れ、干瀬の大石を運んで架けた宮良橋は島の名所になっている。この島が今の世へと変わっていくきっかけになったと語られる出来事がある。最後の宮良のミャラビ(舞の上手な平民の娘)三人が、夜更けに石垣の村から連れ立って戻ってきたとき、彼女たちを戒めようと村の若者たちが橋のたもとで待ち構えていた。娘たちは恐ろしさに下流を歩いて渡ろうとして波にさらわれ、三人とも溺れた。手をつないだまま浜で死んでいたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。