三たびの出帆と紀州洲浦への漂流
どんな伝承か
名主三九郎の一行が海で果てた報せは八丈の残留者を落胆させたが、志を継ぐ者はなお現れた。寛政十一年九月四日、青ヶ島の男女三十三人が穀類を積み、三度目の帰島に船出する。船は前の二回より大きく、数家族が力を合わせた渡航だったらしい。ところがこの船も洋上で難風に遭い、前と同じく紀州の洲浦へ流された。ただし今度は死者が出ず、全員が助けられて翌十二年三月に江戸へ送られ、五月には八丈へ戻っている。人命は守られたものの、島を起こし返す計画はここで一度頓挫した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。