飢饉の奥州を衣を売りつつ歩く旅
どんな伝承か
菅江真澄の旅の日記によれば、真澄は田山から梨木峠を越え、鹿がしきりに鳴く曲田という宿に泊まった。次の日は浄法寺を通って観音を拝み、金葛という村のあばら屋に一泊している。その翌日は末の松山を見物し、わざと町場には泊まらず小沢という寒村に宿を求めたのは、恐らくその旅の衣をまだ売ることができなかったからであろう。夕食は栗の飯に塩漬の桃を副えて食ったとも書いてある。東北はひどい天明の大飢饉の後で、ことに農村の生活は荒んでいた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。