一軒屋から傘を騙し取った男
どんな伝承か
飯野川に近い沢に一軒だけ建つ家である。路端に近いので時々人が寄って来て、忘れ物をした者、自転車が壊れて困った者などが訪ねてくる。鉄槌はないか、釘抜を貸せと言われ、空気ポンプを求める者が度々あるので、乗り方も知らぬが一挺買って置いてあるという。雷が急に鳴り出せば必ず誰かが駆け込んで来るし、雨が止みそうにないと傘を貸すこともある。通るのはたいてい知った人ばかりだが、一昨年に一度だけ騙して持って行った者がいた。飯野川のよく行く店の若い衆だと名乗ったので、買ったばかりの傘を貸した。いつまでも届けて来ないので、町へ出た序に自分で行ってみると、そういう者はいないという。まったく店の名を騙ったのであった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。