石垣だけになっていた六年前の宿
どんな伝承か
六年ぶりに陸中八木の終点駅から岡を一つ越えると、その南の坂の下が小子内の村であった。共同井戸の脇の曲り角には、夜どおし踊り抜いた小判なりの足跡の輪がはっきり残っている。あの家がそうだよと指をさして見せようとすると、もう清光館はそこには無かった。石垣ばかりになり、その蔭には真黒に煤けた古材木が寄せかけてある。片隅には玉蜀黍が二三本秋風にそよぎ、残りは一面の南瓜の花盛りであった。浦島の子の心持ちが腹の底から込み上げてきた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。