月夜の漁村に一軒だけの宿と踊
どんな伝承か
疲れ果てて泊まった漁村の宿は清光館といい、西の丘に面して障子を四枚立てた二階のある、古く黒い家であったが、若い亭主と母と女房の親切は予想以上であった。夕暮れに板橋を子供たちが鳴らして渡り、小子内では踊はどうかと問うと、はあ今に踊ります、去年よりははずむそうでと言う。やがて橋向こうから女の声が次第に高く響いてきた。五十軒ばかりの村だというが道端には十二三戸しか見えず、曲り角の共同井戸の前の街道で、太鼓も笛もなく踊っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。