袖の湊の伊織を訪う紫ずくめの女
どんな伝承か
筑前国袖の湊に、表向きは武士でも心は出家のような伊織という男がいて、深山のような離れで歌道に打ち込んでいた。冬の夜、紫ずくめの美しい若い女が名を呼んで部屋に入り込み、伊織は誘われるまま契りを結ぶ。女は毎夜訪れるようになり、二十日もたたぬうちに伊織はやつれて、懇意の医者に見とがめられた。脈を取ると、過淫による腎虚であった。医者は、それは人の血を吸い命を奪うむらさき女だから斬り捨てよと進言する。その夜、訪れた女は、斬ろうとする志が恨めしいと袖で顔を覆って身を寄せてきたが、伊織は心を鬼にして抜き打ちに斬りつけた。手応えはあったが女は逃げ、立花山の木立深い洞穴に消えた。その後も現れるので、伊織は道心者を集めて弔ったという。
原典より
いそいで追って行くと、立花山の木立深いほら穴にその姿を消したという。—— 日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年))
『日本の妖怪伝説』は、小笠好恵が各地に伝わる奇談・怪談を読み物にまとめた伝説集で、序は昭和四十一年五月付である。浅茅が原の一つ家、四谷怪談、九尾の狐、安達が原の黒塚、道成寺、鍋島の化け猫など、岩手から熊本までの四十五話を、伝えられた形をなるべく崩さずに書き直し、おおむね東から西へ並べる。雨月物語や小泉八雲など書物に拠る話のほか近年の体験談も混じり、一部の話の末にはゆかりの寺社へ行く「順路」を付ける。