百萬両のありか
どんな伝承か
国分の伊藤儀一郎が語る。四百年ほど前の先祖の話で、その後に二度ほど火災があり、家宝も書き物も焼けてしまって言い伝えだけが多く残った。先祖は三河の国から落武者となってこの土地に住みついた者で、再挙をはかるための軍資金にまつわる書き物があったという。そこには「朝日照る、夕日輝く丘に、駒引銭が百萬両」と書いてあったそうで、朝日も夕日も照る場所という、軍資金の埋蔵場所を示す文句である。家では探さないけれども、ひょっとすると、と語る。
原典より
6 じゅん菜池の話 (1)〜(3)7 女化神社(茨城)の話8 本郷(松戸)の人魚の話9 平将門と南天10 愛宕神社の二神体11 里見姫と弁天様12 禅照庵の子育て地蔵14 腹切坂—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第1集』を全206話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。