延命寺の本堂で学んだ新井の小学校
どんな伝承か
七十年ほど前の新井の小学校の話。当時は寺が学校で、新井は延命寺、相之川は日枝神社、湊新田は法伝寺にあり、のちに合併して南行徳尋常高等小学校になった。明治三十七年生まれの男性は七歳で延命寺に上がり、真っ黒な本堂に黒い机、先生一人に生徒四十人ほどで、入学すると菓子をもらったという。オルガンがなく校長が鞭で拍子をとって唱歌を教え、祝日の歌がみな同じ節になってしまった。運動会はなく田んぼの周りを駆けくらべし、妹を背負って登校して泣かれると外で遊ばせろと言われた。寺なので葬式があれば休みになり、金持ちの子は紫の袴、貧しい子は冬も足袋なしだったと語る。
原典より
今から七十年ほど前の新井の小学校の話です。—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。