日枝神社にあった陽徳尋常小学校
どんな伝承か
相之川の日枝神社にあった寺子屋のような小学校の話。当時は陽徳尋常小学校といい、一年から四年まで四十人ほどで、先生三人、一・二年と三・四年が一教室ずつだった。授業は読み方、書き方、算術、修身、唱歌くらいで、赤ん坊を背負って子守をしながら学んだ。弁当はなく昼は家に帰り、途中で水門が開いていれば手長海老や鮒を獲って午後に遅れ、先生にかんちくという竹の棒で頭を叩かれたり、便所に一時間閉じ込められたりした。放課後は犬を連れて了善寺あたりの原で犬の喧嘩や石の投げ合いをした。昭和六年に入学した男性は教室の一部にあった幼稚園の最後の卒業生で、駒下駄に絣の着物で通ったという。
原典より
さて、こちらは相之川の日枝神社(連絡所のある所)にあった寺小屋です。—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。