校庭にされた三中の稲荷の祟り
どんな伝承か
第三中学校の敷地には稲荷があった。昭和二十四年頃にそれを潰して校庭にしたところ、運動会のたびに雨が降ったり、怪我人が出たりした。「潰されて行くところがない、住むところがない」と稲荷が言っていると告げる人があり、森のようになって神木の松のある東側に祀り直したところ、災いは起きなくなったと伝えられる。同じ曽谷には二宮稲荷もあり、もとは坂向台の上にあったものを下へ下ろした。命日は二十七日だという。
原典より
二十四年頃つぶして校庭にしたら、運動会に雨ふったり、けが人が出たんですって。—— 市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年))
『市川の伝承民話 第2集』は、市川民話の会が昭和五十六年に発行した民話資料集である。千葉県市川市の曽谷・宮久保・下貝塚と行徳の古老から聞き取った、狐や狢に化かされた話、火の玉、伝説、昔話、唄、暮らしの禁忌や苦労話を、方言を残した語り口のまま記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部を地区別に並べて各話の末に話者と記録者を記し、巻末に語り手の紹介、話者と採訪者の名簿、採訪記、あとがきを付す。