⑥ 行徳神楽囃子
どんな伝承か
行徳の神楽囃子は、新田(現在の本塩)の下にあった塩場から広まったと伝わる。娯楽の少ない時代で祭が楽しみだったが、雨の日は塩田の仕事ができないので、慰みに囃子が流行り始めたのだという。行徳神楽そのものはもっと古くからあった。囃子は文政年間から昭和まで百七十四年ほど続き、話者で四代目にあたる。笛、大太鼓、小太鼓二人、鉦の五人囃子で、鉦が何人加わっても五人囃子と呼ぶ。神社に舞台を組んで面をつけて舞うのが神楽で、三番叟、巫女舞に続き蛇退治、熊襲征伐、狐つり、金掘り、玉とり姫などを演じた。
原典より
昔新田の下にね、塩を生産してた塩場ってのがありましてね、娯楽が少ないために、そのころは、祭が楽しみだったらしいですよ。—— 市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和56年頃刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和56年頃刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第2集』を全200話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。