行徳橋の下で干したオゴの代用寒天
どんな伝承か
終戦前後、食べ物が極端に足りなかったころの話。海にはオゴと呼ばれる海藻が塊になってごみのように浮いており、漁師がそれを採ってきて、今の行徳橋の下あたりに干していたという。行徳橋の市川寄りの土手の下には、子どもたちが寒天工場と呼んだ工場があって操業しており、おそらくそれを買い取って寒天の代用品を作っていたと語り手は見ている。本来は天草から作るものだが、物のない時代にはオゴでも寒天に似たものができたらしい。その工場は今はもうないという。
原典より
食糧増産につながるんですけど、これはあの、終戦前後に食べ物が極端に不足しちゃったんで、ええと、海の中にね、オゴってのが当時いっぱいあったんですね。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))
『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。