喧嘩で終わる学校対抗の競技会
どんな伝承か
戦時中に行徳へ疎開していた語り手の思い出。当時は東葛飾郡のなかで学校対抗の競技会があり、応援のため皆で相手の学校へ出向いたが、門の外で待ち受ける相手校の生徒とかならず喧嘩になり、怖くて校内に入れず逃げ帰ることもあった。逆に相手が来るときはこちらが待ち構えて入れさせない。南行徳小・行徳小・信篤小のあいだでは互いに招き合っても喧嘩ばかりで、競技らしい競技にならなかったという。語り手は、部落意識や学校意識がひどく強い土地柄だったと振り返る。
原典より
だから一番ね困っちゃったのはね、先生が困ったのは、当時学校対抗のね、試合があったんですよ。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))
『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。