粘る土が育てた白身の行徳葱
どんな伝承か
行徳には小さな市場がいくつもあって、夜に市が立った。農家は手の空いたときにそこで野菜を仕入れ、翌日それを東京へ売りに出たという。終戦後には行徳小学校の裏や徳願寺のそば、南行徳などに三、四か所あったが、いまはもう無い。行徳の自慢の野菜は葱で、土に粘りがあるため、育つにつれて株元へ寄せていく泥が崩れず、白い部分が長く育った。畑の溝は羊羹のようにまっすぐ深く揃っていたが、須和田あたりの土では寄せた泥が崩れ、白身があまり付かなかったと語り手は比べている。
原典より
それとあの、東京の方にみんな売りに行っていたんですよ、あの物をね、野菜物みたいの。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))
『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。