明徳山に眠るという黄金二千八百枚
どんな伝承か
金剛地の旧家成島家に伝わる古文書には、黄金二千八百枚を宝暦二年三月に埋めたと記され、過去帳には西戌の縁の下にあるとも書かれている。これが埋蔵金伝説のもとになった。由来には三つの説がある。一つは、織田・豊臣に追われた足利十五代将軍義秀が松永弾正久秀を連れて成島家に身を寄せ、幕府再興の資金として近くの明徳山に埋めたという説。次は、土気城主酒井家の家老だった祖先新左衛門が、主家滅亡の折に若君を伴って隠れ住んだときの軍用金という説。もう一つは、六代一郎兵衛が東金城主酒井定隆から預かった金だという説である。
原典より
市原市金剛地の埋蔵金伝説は、同地の旧家成島家の古文書に「むしはらむ 黄金二千八百枚也 宝暦二年三月之を埋む」とあることや、同家の過去帳に「西戌の縁の下にあり」と記されていることに拠っているという。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。