弟の首を差し出し宿場を潰した旗本
どんな伝承か
四谷大京町に、四百石取りの旗本で内藤新五衛門という者がいた。その弟の大八は放蕩者で、あるとき宿場の旅籠の遊女と揉め事を起こし、土地の若い衆に取り囲まれて袋叩きにされた。これを聞いた新五衛門は激怒し、弟に腹を切らせ、その首を携えて大目付松平図書頭のもとへ出向いた。弟は成敗した、知行は返上する、その代わり新宿の宿場を取り潰してもらわねば旗本の武士道が立たぬ、と申し立てたという。こうして内藤新宿は一度廃された。ただしこの話は『江戸砂子補正』にしか見えず、そこでは年を享保五年としており、兄弟の名も『寛政重修諸家譜』には見当たらない。
原典より
場所 新宿一——三丁目 内藤新宿時代 江戸時代 享保三年(一七一八)一〇月四谷大京町に、四百石の旗本内藤新五衛門という者がいた。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会)
新宿区教育委員会編『新宿と伝説』を全62話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。