草鞋を脱いで帰した櫛挽きの送り犬
どんな伝承か
慶応年間のある深夜、本家の高坂家に、顔見知りの櫛挽き職人がくぐり戸を乱暴に開けて飛び込んできた。この職人は大久保から小黒川沿いに三キロほど奥の吉ヶ平で櫛の材を挽いていた人で、この日は生まれ在所の宮田村から鹿嶺峠を越えて仕事小屋へ戻る途中だった。大久保に近いツガ尾根まで来ると、狼が一匹座って待っており、そのまま三キロもあとをつけてきた。伊那谷ではこうした狼を送り犬と呼ぶ。職人はたまらず高坂家に入り、「ここが俺の家だから帰れ」と告げ、立ったまま足の指で草鞋を脱いで見せると、狼は何事もなく去っていったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 10 狼・山犬、猫(松谷みよ子・現代民話考)
『現代民話考 10 狼・山犬、猫』は、松谷みよ子が日本民話の会の『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きで全国から集めた話を編んだ現代民話の資料集である。明治以降を目安に、狼への畏れと信仰、送り狼や千匹狼、化け猫や猫の踊り、戦中の猫の供出、水洗トイレを使う猫までを収める。序文と各章の前文に続いて「狼・山犬」「猫」の二章を主題別の節に分け、各話例の後に類話の採集地・話者・出典を「分布」として並べる。