天王寺に開いた底無しの大穴
どんな伝承か
一日の午前は非常な豪雨であったが、その際、大阪市天王寺区上本町の外国語学校正門前の電車軌道東側に、東西二間、南北一間半ばかりの大陥没が生じた。地下五尺のところに百貫目ほどの大石があり、その傍らにさらに東西一間、南北三尺の穴が開いた。市電当局は驚き、長さ二十尺の紐に石を結びつけて吊り下げたが底に達せず、底知れずの穴と判明した。付近一帯を警戒し、電気局のトラックを総動員して砂利を運び埋めにかかったが、四十杯を投げ込んでもたちまち呑んでしまった。古老は豊太閤時代の大阪城天守閣から抜け出る秘密道だといい、茶臼山との関係から兵糧倉、また真田幸村の抜け穴ではないかともいわれた。
原典より
一日の午前は、非常な豪雨であったが、その際大阪市天王寺区上本町の外国語学校正門前の電車軌道東側に、東西二間南北一間半ばかりの土地が大陥没を生じた。—— 日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著)
『日本怪奇集成-明治大正昭和篇』は、富岡直方が編んだ怪奇実話集である。明治元年から昭和七年までに各地で起きた幽霊や狐狸の怪、畸形や奇病、天変や奇瑞、世相の珍事を、当時の新聞・雑誌の記事と筆者自身の聞き書きから集めている。明治・大正・昭和の三篇に分け、話ごとに年月を掲げて通し番号を振り、新聞記事を引いたうえで紙名を末尾に添える形を基本とする。