幽界の社で聞いた婚礼の講釈
どんな伝承か
恒原松太郎は、あるとき天満宮の社で、名も知らない神の講釈を聞いたと語った。著者の注によれば、それは現世の社と同じ場所に重なってある幽界の社殿でのことだという。講釈は婚礼の作法の由来を説くもので、嫁入りに庭火をたくのは、出戻らないようにとのまじないではなく、天岩戸開きのときにたかれた火にならう門出の祝いであること、花嫁に白無垢を着せるのは、嫁ぎ先の家風にどんな色にも染まれるようにとの意であることなどを述べた。島台や高砂の松、翁と媼の意味も伊佐那岐命と伊佐那美命の古事に結びつけ、翁媼の呼び交わしから「アイヲイ」の言葉が始まったと説いたという。
原典より
庭火を焚く謂れハ、昔高天原にて天岩戸開きの時焚かれたる其の習慣にして、今日は目出度門出ゆえ祝ふて焚く事なり。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。