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死の二月前に神が告げた別れ

所在地山形県鶴岡市
年代明治40年(1907)11月
登場長南年恵、弟長南雄吉、相田良孝、帰国を促した親戚
出典近代日本霊異実録

どんな伝承か

重ねがさねの裁判沙汰は、無邪気な年恵の精神に癒しがたい傷を負わせたようであった。大阪などに居るのは厭だと言って、彼女は翌明治三十四年にさっさと郷里の鶴岡へ帰ってしまった。弟の雄吉は京都大学で実験させる計画を放棄し、郷里の信徒たちの望みに任せて惟神大道教会を設立し、叔父に守らせた。明治三十八年に老母が死に、年恵はいよいよ心細い身の上となる。明治四十年十一月、雄吉が朝鮮に行って不在の間に、年恵は郷里で急に歿した。死に先立つ二ヶ月ばかり前から、年恵に憑る神は、お前は近い中にあの世に連れて行く、と時々囁いたという。歿後、親戚や信徒が邸内に小さな宮を建てて霊を祀った。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))

『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。

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