体温を奪う女と釜石最後の夜
どんな伝承か
幽霊の女に居座られた著者は、昭和二十二年四月、試験場の二階の滅多に使わない講堂の隅に衝立を立て、鉄のベッドを借りて移った。ひと月ほどは現れなかったが、五月に入ると女はベッドのすぐ横に立つようになった。その目は著者を素通りして無限遠を見ていたが、五月二十一日の夜、はじめて目の中をまばたきせずにのぞき込んできた。にらみ返しているうちに蒲団の中が氷のように冷え、体温を奪われる。頭からかぶって温まっても、女の視線が入るとまた冷え切った。一夜まんじりともせず明かした著者は、翌朝に場長へ辞職を願い出て、その日の汽車で釜石を離れた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1990年(平成2年))
『山とお化けと自然界』は、西丸震哉が旧著三冊を編み直し、一九九〇年に文庫版あとがきを付けた随筆集である。山や湿原の探検、チョウや小動物とのつき合い、酒の話とともに、横尾谷の岩小屋で出会った幽霊、木曾御岳の人魂、亡兄との交信、テレパシー、呪い殺しの実験、雨やみの術など、著者自身の体験した怪異をつづる。生き物・酒・山・兄との交信の四部からなり、あとがきに『未知への足入れ』『山だ原始人だ幽霊だ』『山の動物誌』を元にしたと記す。