按摩に化けた宗悦の亡霊
どんな伝承か
三遊亭圓朝の怪談噺『真景累ヶ淵』の発端。安永二年十二月二十日、根津七軒町に住む盲目の針医皆川宗悦は、金の取り立てに出向いた先で、小日向服部坂上に屋敷を構える旗本深見新左衛門に斬り殺された。後年、酒に酔った新左衛門が按摩を呼ぶと、揉み方がひどく痛い。按摩は、脇差で肩から乳まで斬り下げられた苦しみはこんなものではないと言い出す。振り向けば、かつて手打ちにした宗悦が痩せ衰えた姿で見えぬ目を開いていた。逆上した新左衛門が刀で斬りつけると按摩の姿は消え、斬られていたのは奥方で、奥方はもだえ苦しんで息絶えた。
原典より
さて、『眞景累ヶ淵』では、深見新左衛門がその妻を、殺害した皆川宗悦と誤って斬り殺してしまう。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。