大火の焦土から海へ入る母子
どんな伝承か
田中貢太郎に「焦土に残る怪」という文章がある。昭和九年三月二十一日の函館の大火ののち、髪を振り乱した女が、蒼白な顔を星の光にちらつかせながら、子供の手を引き、おう、あついか、あついか、もうすこしじゃ、と言いながら海の中へ入ってゆくさまを描いたものである。田中は多くの幽霊譚を書き残したが、頽廃しているのは幽霊ではなく人間そのものだと言いたげであった。彼はまた、駕籠ができれば駕籠に、人力車ができれば人力車に、汽車にも電車にも自動車にも飛行機にも怪しい者が乗るのであると書いている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が著した日本文学の幽霊論である。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『今昔物語集』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じたのち、物語・説話・能と歌舞伎・近代の章を立て、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。