南岳寺に残る長南年恵の修験切紙
どんな伝承か
長南年恵は実際の年齢より驚くほど若く見え、数々の超能力を示したことで知られ、ある著書は彼女を人間でありながら霊人だったと書いている。著者は、若く見えたのは無月経症のため、超能力は霊人の証ではなく霊能者であった証だとみる。注目するのは、年恵を祀る淡島大明神のある南岳寺に残されていたという修験の切紙で、記された多くの神名は思いつきで書けるものではなく、先達から授かったものに違いないという。山岳修行をしたと伝わること、明治三十四年に惟神大道教会を開いて地域の人々に霊術で病を治したことと合わせ、著者は年恵を女の里修験だったと結論づけている。
原典より
ところで私が同書で興味をもったのは、彼女を祀った淡島大明神のある「南岳寺」にのこされていたという、修験切紙の存在である。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。