疫病退散の水神祭と両国の花火
どんな伝承か
東京隅田川畔で毎年催される両国川開きの花火大会の起源について語られる説。全国的な凶作と江戸の疫病流行のために多くの死者が出たことから、幕府はその慰霊と悪疫退散をかねて、享保十六年(一七三一)に両国橋近くで水神祭を催した。このとき両岸の水茶屋が献上花火をあげたのが、その後の花火大会隆盛のもとになったという。花火はもともと鑑賞用のみならず邪霊悪魔払いにも用いられ、その殻を軒先に掲げて魔よけの呪物とする風習も各地に見られる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の迷信(今野圓輔・今野圓輔・民俗学・昭和(高度成長期))
民俗学者・今野圓輔が高度成長期の日本に残る迷信を社会派ルポとして告発・分析した一冊。序章では、静岡県掛川市で異性双生児を畜生腹と恥じた母親の母子心中事件、青森県三本木市でキツネ落としと称して女を火あぶりにした殺人事件など、迷信が現代も殺人・心中を生む『黒い習俗』を突きつける。