佐保川の髑髏で女帝を呪う
どんな伝承か
『続日本紀』によれば、神護景雲二年、称徳女帝を呪うため、帝の髪の毛を盗み出して佐保川で拾った髑髏に入れ、三度にわたって厭魅の呪いを行った者がいたという。著者はこの記事を、当時民間の呪術者たちが髑髏を供えて呪いを行っていたことを示すものとし、人目につきにくい竹原や河原には多くの髑髏が転がっていたのではないかと推し量っている。さらに、奈良時代の末に髑髏の話が目立つ理由を、寺院造営の労役に駆り出された人々の苦しみに求めている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。