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松江城下の狐憑き流行と入牢の噂

所在地島根県松江市
年代宝暦末(1760年代頃)
登場松江藩・狐憑きとされた人々
出典憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)

どんな伝承か

享保頃に始まった狐持ちの迷信はいよいよはびこった。宝暦の末方、城下近辺で狐憑きが盛んになり難儀する者が多いと聞いた藩の上つ方は、行者にその狐を祈り殺せ、狐憑きは入牢させよと命じたという噂がもっぱらであった。明和の頃から追々減ったが、一度その名を得た家は、わずかに縁を引いた家までも相手がなく、他家へ嫁ぐこともできず、尼法師となったり、四国巡礼と号して他国へ出る者もあったと伝える。

原典より

このように宝暦の頃から、狐持ちの迷信は愈々盛んとなり、宝暦の末には、松江藩は、狐つきを入牢させたり、狐を祈り殺せなどと指令したほどでした。—— 憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版)

『憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、昭和三十一年に書き加えて新版とした研究書である。出雲・隠岐を中心とする山陰の狐持ちなど、家筋に結びつけられた憑きもの迷信を、法務局が扱った人権事件、藩の触書や村の古文書、加茂町の世帯調査から集めている。狐持ちの家に生まれた著者の体験から説き起こし、江戸中期以降の新興地主への反感に起こりを求める。柳田国男が序を寄せている。

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