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高熊山の岩上で一週間の修業

所在地京都府亀岡市曽我部町穴太(高熊山)
年代明治31(1898)
登場喜三郎
出典亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界

どんな伝承か

高熊山に連れて来られた喜三郎は、神界での修業を一時間命じられると、現界でも二時間の修業を命じられた。現界の修業は、寒空の下で襦袢一枚になって岩の上に座り、一週間のあいだ水一杯も飲まず何も食べず、口もきかずに過ごすものだった。雨も降り寒風も吹きつけ、夜には虫の音もない静けさの中に、山が崩れるかと思う怪音や身の毛のよだつ声が響いたという。それでも神界の一時間の修業のほうが数十倍も苦しかったと本人は書き残している。この間、喜三郎の魂は体を離れ、神使に導かれて幽界や神界の一部を巡ったとされる。

原典より

併し二時間の現界の修業より、一時間の神界の修業の方が数十倍も苦しかった。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)

『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。

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幽体離脱断食怪音

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