十年前の筆さきが告げた竜宮の池
どんな伝承か
大正三年の夏のある日、王仁三郎は、竜宮の乙姫さんの池を掘ると突然言い出した。その十年前、明治三十七年の旧暦十二月に、ナオの筆さきが、竜宮の乙姫のために住まいと遊び場をこしらえる、この近くの屋敷内にかなり大きな堤を掘らねばならないと告げていたのである。王仁三郎はこれを忘れず、建築中の金竜殿の西北に広い池を掘り、中に冠島・沓島の雛型の島を置くという雄大な構想を温めていた。初めは金竜池と名づけるつもりだったが、神界に映る姿は八百万の竜神が集まる大きな海だとナオに言われ、金竜海と改めた。
原典より
その大正三年の夏のある日、とつぜん王仁三郎が、「竜宮の乙姫さんの池を掘る」と宣言した。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。