小松林命が命じた予審の答弁
どんな伝承か
第一次事件の予審は、事件の翌月から京都地方裁判所の予審廷で開かれ、役員や信者五十人余りが呼び出された。取り調べの焦点は筆さきの解釈、とりわけ伏せ字にされていた箇所に絞られていた。教団の記録によれば、このとき王仁三郎に憑いている小松林命の霊が、予審が早く済むように答弁せよと命じた。神界のことは予審ではなかなか理解されないから、今は予審判事の意向に沿って答えておき、公判廷で詳しく事実を述べて公明正大な裁判を受けよと諭したのである。王仁三郎はこれに従い、四月九日から心にもない陳述をすることになったという。
原典より
結局、王仁三郎にかかっている"小松林命という霊が、「予審の早くすむよう答弁せよ」と命じ、…—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。