難波の堀江に沈んだ阿弥陀仏
どんな伝承か
大阪の北堀江にある和光寺は蓮池山智善院と号し、境内の池は阿弥陀ヶ池と呼ばれる。縁起によれば、欽明天皇十三年の冬十月に百済の聖明王が仏像と経論を献じたが、物部尾輿と中臣鎌子はこれを異国の神として斥け、仏像は蘇我稲目に下された。稲目が向原寺を建てて崇めたところ疫病が流行したため、尾輿らは神罰だとして寺を焼き、仏像を難波の堀江へ投げ入れた。のち推古天皇の御代、信濃の本多善光が堀江に遊んで水中に光る金色の阿弥陀仏を得、故郷へ持ち帰って祀った。これが善光寺の本尊だという。
原典より
和光寺は北堀江御池通四丁目にあり、蓮池山と号し、智善院と称す、浄土宗善光寺末にして丈一尺五寸の金銅阿弥陀仏を本尊とす。—— 日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第9巻』は、日本伝説大系編集委員会が編んだ伝説資料集の一巻である。三重・奈良・和歌山・大阪の各地に伝わる伝説を、三輪山・安珍清姫・弘法清水・油掛け地蔵など百余りの話型ごとに集める。各話型は例話を冒頭に据えて『日本伝説名彙』などとの対応を示し、〔類話〕に伝承地と出典つきの梗概を並べ、〔文献〕に近世以前の史料の原文を添えて補う構成をとる。