難波の堀江に流された渡来の仏像
どんな伝承か
『日本書紀』巻十九の伝えである。百済の聖明王が使者を遣わして釈迦仏の金銅像と経論を献じた。天皇は歓喜したが、礼拝すべきかを群臣に問うと、蘇我稲目は西の諸国はみな礼拝していると奏し、物部尾輿と中臣鎌子は、いま蕃神を拝めば国つ神の怒りを招くと反対した。そこで仏像は稲目に授けられ、その家に安置して寺とされた。ところが国に疫病が流行して死ぬ者が多く、治めることもできない。尾輿と鎌子はふたたび、早く投げ棄てて後の福を求めよと奏し、天皇が許すと、役人は仏像を難波の堀江に流し棄て、伽藍に火を放って焼き尽くしたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第9巻』は、日本伝説大系編集委員会が編んだ伝説資料集の一巻である。三重・奈良・和歌山・大阪の各地に伝わる伝説を、三輪山・安珍清姫・弘法清水・油掛け地蔵など百余りの話型ごとに集める。各話型は例話を冒頭に据えて『日本伝説名彙』などとの対応を示し、〔類話〕に伝承地と出典つきの梗概を並べ、〔文献〕に近世以前の史料の原文を添えて補う構成をとる。