熊野へ車を引いた照姫と大六
どんな伝承か
『小栗実記』巻十の一節である。紀州熊野の本宮には、どのような難病もこの湯に浴すれば癒えるという温泉があると聞き、照姫はどうにかして判官をその湯に入れたいと思い立った。女の才覚では及ばぬので宿の長に頼んだが、鎌倉の聞こえを恐れてか、また判官の類まれな異病を餓鬼病と忌み嫌ってか、熊野まで伴おうという者はいなかった。せめて悪瘡のために昔の判官助重と見知る人がいないのが幸いだと、車を拵えて判官を抱き乗せ、照姫と大六の母子が綱を引いて熊野山を目指した。水無月二十日あまり、住み慣れた美濃国を出て山坂の難所にかかると、幼い大六が足を痛めて歩けなくなり、照姫は車を寄せて熊野権現の神力を添えたまえと一心に祈ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第9巻』は、日本伝説大系編集委員会が編んだ伝説資料集の一巻である。三重・奈良・和歌山・大阪の各地に伝わる伝説を、三輪山・安珍清姫・弘法清水・油掛け地蔵など百余りの話型ごとに集める。各話型は例話を冒頭に据えて『日本伝説名彙』などとの対応を示し、〔類話〕に伝承地と出典つきの梗概を並べ、〔文献〕に近世以前の史料の原文を添えて補う構成をとる。