百合若大臣の孤島流離
どんな伝承か
千二百年あまり前、藤原鎌足の孫に、大地震のさなかに生まれたことから百合若と名づけられた弓の名手がいた。百合若は豊後国司に任じられて九州へ下った。新羅や蒙古の海賊が壱岐・対馬や筑紫の浜を荒らしていたため、妻の春日姫を残して軍船を率い、玄界灘へ乗り出した。対馬沖の戦いは苦しく、夜になって双方が兵を引くと、百合若は近くの玄界島に船を寄せて兵を休ませた。ところが参謀の別府太郎・次郎の兄弟はかねて国司の座をねらっており、眠り込んだ百合若の鎧や弓を奪うと、次郎を百合若に化けさせて全軍を帰国させた。ひとり島に取り残された百合若は、魚や海草で命をつないだ。兄弟は百合若が戦死したと朝廷に偽り、太郎が豊後国司に収まった。
原典より
こうして百合若一人がこの孤島に置き去りにされてしまったのです。—— 大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話)
『大分県の民話 第2集』は、土屋北彦による大分県の民話集である。日田の鬼大夫永季、府内の山弥長者、柞原八幡縁起、小豆研ぎ、百合若物語りなど、県内各地の長者譚・社寺の縁起・人柱・妖怪・英雄の伝説を、古代から江戸時代までの年号や現在の市町村名を添えて語り直す。三十二話を一話ずつ題を立てて並べ、多くは「です・ます」の語りで、方言による短い昔話も交じる。