青ヶ島の野鼠大発生
どんな伝承か
青ヶ島に残された者は初め十二人、うち五人が八丈へ渡ろうとして海で死に、のちに二人が加わってこのときは九人であった。最初の年は麦も粟も生育がよく豊作かと思われたが、実の入るころになって野鼠が大量に現れ、次第に食い荒らしてしまう。その年はもはや種もみ一粒も残らず、わずかに残った芋や甘藷で命をつないだ。島中総がかりで鼠狩りをして千五百匹も捕らえたけれども、打てば増え殺せば殖えるといった具合で、その害は長く絶えなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。