風波の妨げなく通う復興の貢船
どんな伝承か
八丈年代記によれば、文明六年から享保四年までの二百四十六年の間に、青ヶ島へ貢船が無事に着いたのは正徳六年のただ一度きりだった。ほかは本土へ流されるか行方知れずになるかで、享保より後も漂着や延着は当たり前、天候に恵まれず年に一度の渡海船さえ出せない年もあった。ことに天明五年の島焼け以降は海難が続き、名主三九郎の死で人々の気力は削がれていた。ところが次郎太夫の復興計画が始まってからは風波の妨げが一度もなく、船は不思議なほど予定どおりに通った。八丈の同志たちはそこに目に見えぬ導きを感じたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。