柱と蚕棚に挟まれて助かった娘
どんな伝承か
唐桑浜の宿でこの話をした婦人は、海嘯の折に十四歳であった。高潮の力に押し回され、中の間の柱と蚕棚との間に挟まって動けずにいるうちに水が引き去った。後ろの岡の上で父がしきりに名を呼ぶので、そこまで登って行ったという。その晩はそれから家の薪を三百束ほども焚いた。海上からこの火の光を見つけて、泳いで還った者も大分あったそうである。母親が自分と同じ中の間に乳呑児と一緒にいて助かっていたことを、そのときはまるで知らなかったという。時刻はちょうど旧五月五日、月が入ったばかりで、恐ろしい大雨の晩であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。