帆を連ねて江戸川を下る帆かけ舟
どんな伝承か
田んぼが一面にあったので、八幡から高谷までよく見えた。江戸川の方からあそこの川までも見通せたという。今の国鉄が通るあたりも昔は川で、関宿の方から下って来る舟があった。舟は個人持ちではなく、行徳の江戸川を行く帆掛け舟が見えた。下までは見えなかったが、帆が何個も何個もずうっと、二十艘も続いて通るのが見えたという。昔の舟は荷物を載せたり、両側に水車が付いていたものが通っていたと語る。
原典より
4 馬車5 大正六年の津波6 関東大震災8 共同組合9 農地改革11 諏訪神社12 鯨の骨—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。