農地委員が見た農地改革とその後
どんな伝承か
兵隊から帰った後、マッカーサーの方針で農地改革があった。語り手は農地委員になり、委員は各部落から出て、小作人と地主を書き出させられた。小作人には七割をもらう権利があり、一町作っている人なら七反という具合であった。地主が田を買うには一反八十円で、田は小作にとられた。国の方針ではあったが、骨を折って手に入れた者とうまく手に入れた者との違いがあるという。地価が上がると与えられた人はどんどん売ってしまい、結局は土地が無くなった。昔から土地を持っていた人は愛着があり「売らねえ」と言うと語る。
原典より
11 諏訪神社12 鯨の骨本行徳1 行徳の船着き場香取1 香取さまの山車2 江戸川土手の桜—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。