連隊で栄えた国府台と市川の花街
どんな伝承か
国府台には連隊がいくつもあり、司令部まであったので、水門のある根本がはやった。毎年入営していくから、市川駅より国府台の方がよほど賑わっていたという。八幡は市役所ができてから中心になった。大正通りといって、真間山の今の新しい道路ができた。芸者の置屋があちこちにでき、真間に二業組合ができ、中山にもあったが八幡には無かった。中山の十字路の手前の公園は貯水池で、その裏に花街があった。遊ぶ所は地区ごとにあり、料理屋も芸者もいた。市川に芸者町はあったが遊郭は無く、遊郭は船橋の三田浜楽園にあったと語る。
原典より
本行徳1 行徳の船着き場香取1 香取さまの山車2 江戸川土手の桜3 江戸川の鯉釣り4 終戦直後の嫁入り道具5 船で嫁入り6 江戸川で洗濯—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。