真間川の泳ぎとプール跡の大池
どんな伝承か
語り手は幅二、三十メートルもあった真間川で泳ぎを覚えた。水が澄んで岸から鯉が見え、昭和の初めごろは日曜ごとに東京から省線電車で釣り人がやって来て、高い向こう岸に鈴なりになっていた。菅野小学校の辺りは葦原で、その裏の大池は、実はプールにするつもりで掘りかけたまま資金が尽きて池になったものだという。子どもたちは夏になると裸でそこへ泳ぎに行った。竹筒のほどを仕掛けて鰻を捕る人もいたが、戦争中に日本パイプが硫酸のような廃液を流してから、真間川の魚はいなくなってしまったと語られる。
原典より
――ずいぶん泳いだんですって?私は真間川で泳いで、犬かきを覚えました。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))
『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。