府中橋と六所神社の由来
どんな伝承か
府中橋の名は、その手前にある六所神社に由来し、戦時中このあたりは府中町内会と呼ばれていたという。六所神社はもと練兵場を作る際に現在地へ移されたもので、昭和五年にはすでに今の場所にきちんと社が建っていたと話者は語る。須和田二丁目は明治の頃は鷲の宮と呼ばれ、小宅という家がその宮の裏手にあったことからその名を屋号にしていたとも伝える。
原典より
――府中橋はなんでそう言うのでしょうね?府中六所神社、その手前だから府中橋といっていて、戦争中は、このあたりを府中町内会といっていました。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))
『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。