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放水路が生んだ河原分と妙典分

所在地千葉県市川市稲荷木
年代大正十年代
登場石井健一、屋号「河原分」で通る家の主
出典市川の伝承民話 第7集

どんな伝承か

昔は稲荷木からまっすぐ行徳へ行く道があったが、大正十年代に江戸川放水路が掘られた。江戸川が毎年氾濫して埼玉県の栗橋あたりが洪水の被害を受けたため、東京湾へ早く流すために造ったのだという。道沿いに住んでいた人たちはお国のためだといくらももらわずに立ち退き、半分は行徳の方へ、半分は稲荷木の方へ移った。妙典の人が耕しに通った土地を妙典分、河原の人の土地を河原分と呼び、いまも屋号に残る。石井健一の家は「河原分」の屋号で通じると當麻篤が語る。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))

『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。

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