お七火事を詫びて建てた江戸六地蔵
どんな伝承か
吉祥寺の寺小姓であった吉三郎には、八百屋お七をそそのかして江戸に大火を起こさせた、いわゆるお七火事の一件がある。お七は火あぶりとなり、吉三郎はその責めを負って出家し、罪を詫びるために江戸の主要な街道筋へ六体の地蔵を建てたという。太宗寺の江戸六地蔵はそのひとつだと伝えられてきた。ただし昭和三十二年の遷座の際、像の体内から小さな青銅地蔵六体や寄進者名簿などが出てきて、発願者が吉三郎でないことが判明した。享保のころ湯島の商家渡辺九兵衛が供養のため建てたものが、お七の話と結びついたものらしい。
原典より
場所 新宿二丁目 太宗寺時代 江戸時代 正徳二年(一七二二)吉祥寺(文京区)の寺小姓吉三郎には、八百屋お七をそそのかして、江戸に大火を起こさせたいわゆる「お七火事」の事件がある。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))
『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。