町奉行屋敷に出る火あぶりの父子
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どんな伝承か
寛永二十一年の初秋、南部盛岡城下紺屋町の田中屋惣七は商用で江戸へ出、旅籠で同宿した宣教師に説かれて熱心なキリシタンになった。禁教により惣七は江戸の牢に捕えられ、紺屋町にいた一人息子の喜善も、理由も知らされぬまま盛岡で捕えられた。喜善が入れられた牢には市左衛門という狂人が先客としており、その晩、喜善は首を絞め殺された。町奉行は公けになるのを恐れて屍骸を捨てさせ、惣七も江戸で火あぶりとなった。以来、盛岡の町奉行の屋敷に火あぶり姿の惣七と、苦しいと叫ぶ喜善の幽霊が現れ、まもなく町奉行一家は狂乱した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承
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盛岡市の伝承
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