弾薬庫に呼ぶ女の声
どんな伝承か
いつ頃のことか分からないが、ある兵士には入隊前から愛し合っていた女がいた。入隊して思うように逢えなくなり、男は軍務を忍んで弾薬庫のそばで逢う約束をした。そこは歩哨の立つ淋しい場所で、誰にも見とがめられない。ある晩、女はいつものように出かけたが、その夜は激しい雨風で、しかも男は時間が来て次の歩哨と交代した後だった。熊笹や萱を分けて近づき歩哨、歩哨と呼ぶ女に、新しい歩哨は三度誰何したが、女はなおも呼び続ける。狐狸の仕業に違いないと声のする方へ銃剣を突き刺すと、若い女が血に染まって息絶えていた。歩哨は逆上して死骸を古井戸へ投げ込んだ。以来、雨風の晩には弱々しい女の声で歩哨を呼ぶ声が聞こえるという。
原典より
○山形県、山形歩兵第三十二連隊。—— 現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸)
『現代民話考 ― 軍隊』は、松谷みよ子が編んだ、軍隊と戦争をめぐる現代の民話の集成である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きによって寄せられた話をもとに、十五年戦争を中心に徴兵検査から新兵のしごき、戦地、虐殺や飢え、敗戦、収容所、戦犯、軍隊生活の怪談までを収める。巻頭に序文「明日の民話のために」と論考「軍隊考」を置き、十三の部に分けた各話の末に話者と回答者の名と在住地を記す。